重田家は、江戸中期から続く医家としての長い歴史を持っていて、佐波郡玉村町小泉で代々医業を伝承してきたために、世に「小泉の子ども医者」と言われました。
それが 「小泉重田小児科」 の名前の由来であり、小泉は地名であります。
重田の家に代々伝わる家伝薬(漢方)がありますが、その効能書が、小児科の病気を主としていたので、当院は江戸時代から小児科が専門であったと推測されます。
明治14年に、当時の重田家当主が東京大学医学部の前身を卒業して、世に先駆けて西洋医になりました。
昔は小児科の専門医は少なく、病気のお子さんが随分遠方から来院されました。 群馬の生んだ短歌の巨匠、土屋文明先生もそのお一人で、その歌集、続青南集の中で、「小泉の家伝薬」という題のもとに、
「わが歌いし忘れぬ医師の君ありて小泉家伝薬届けくれたり」(続青南集)
「幼き命助けしという家伝薬今手の上に我は八十」(続青南集)
など 6首の短歌を詠まれ、また 他にも、
「この寺の地蔵さま、小泉の家伝薬、かろうじて育ちし我なりきとふ」(青南集)
などの短歌を残されています。
なお、小泉に現存する小泉重田の家は、平成13年に登録有形文化財
『玉村町 小泉 重田家』として国の指定を受けています。(但し、特定の一般公開日以外は非公開です)
|